ユニセフ「子どもの権利とスポーツの原則」発表

2018.12.18
ユニセフ「子どもの権利とスポーツの原則」発表イベント第1部登壇者ならびに賛同団体から泉正文日本スポーツ協会副会長兼専務理事、大東和美日本スポーツ振興センター理事長、山田登志男日本障がい者スポーツ協会常務理事、西塚春義全国高等学校体育連盟事務局長。

世界子どもの日にあたる11月20日、ユニセフ(国連児童基金)と日本ユニセフ協会が作成した「子どもの権利とスポーツの原則」発表イベントを、ユニセフハウス(東京)で開催しました。

本原則には、2018年10月末現在、以下の団体・企業のみなさまにご賛同いただいています:日本スポーツ協会、日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会、日本オリンピック委員会、日本スポーツ振興センター、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟、全国高等学校長協会、全日本中学校長会、全国連合小学校長会、日本経済団体連合会、株式会社アシックス(順不同)。

<第1部「発表会」>

はじめに、赤松 良子 日本ユニセフ協会会長が、スポーツはすべての子どもの成長を促す大きな力を持っている、スポーツが子どもたちに負の影響を与えるような問題も生じている中、ユニセフは、スポーツが真に子どもの健やかな成長と豊かな人生を支えるものとなることを願って「子どもの権利とスポーツの原則」を作成したと挨拶しました。

続いて登壇されたスポーツ庁の鈴木大地長官からは、本日発表されるユニセフの「子どもの権利とスポーツの原則」は、「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」であることを明確に謳う「スポーツ基本法」とその理念を共有するものであり、「今後「子どもの権利とスポーツの原則」に沿った取組が行われることで、すべての子どもが、地域や学校などのあらゆる場面で、安心安全にスポーツを楽しむ、そしてスポーツの価値がすべての子どもたちに行き届くことを期待しております」とのご祝辞をいただきました。

鈴木大地スポーツ庁長官による祝辞© 日本ユニセフ協会/2018

子どもの権利とスポーツの原則

早水 研 専務理事は、原則作成にあたり「起草委員会」の方々にご協力をいただいたこと、また、スポーツ庁、日本スポーツ協会、日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会、日本オリンピック委員会、日本スポーツ振興センターの皆さまから、貴重なご助言をいただいたことへの感謝をお伝えしました。また、翌週に日本で開催される国内オリンピック委員会連合総会で原則の英語版が参加者全員に配布されることも紹介し、協会として今後も原則の周知に取り組んでいくと述べました。

続いてユニセフ本部マネージャー、スバジニ・ジャヤセカランが「子どもの権利とスポーツの原則」の概要を説明しました。

スポーツ団体とスポーツに関わる教育機関、スポーツ指導者に期待されること

  • 01 子どもの権利の尊重と推進にコミットする
  • 02 スポーツを通じた子どものバランスのとれた成長に配慮する
  • 03 子どもをスポーツに関係したリスクから保護する
  • 04 子どもの健康を守る
  • 05 子どもの権利を守るためのガバナンス体制を整備する
  • 06 子どもに関わるおとなの理解とエンゲージメント(対話)を推進する

スポーツ団体等を支援する企業・組織に期待されること

  • 07 スポーツ団体等への支援の意思決定において子どもの権利を組み込む
  • 08 支援先のスポーツ団体等に対して働きかけを行う

成人アスリートに期待されること

  • 09 関係者への働きかけと対話を行う

子どもの保護者に期待されること

  • 10 スポーツを通じた子どもの健全な成長をサポートする
ユニセフ本部スバジニ・ジャヤセカラン© 日本ユニセフ協会/2018

世界を変えるスポーツの力

原則発表にあたり、3名のアスリートの方から、メッセージをいただきました。

パラリンピアン(1998年長野)のマセソン美季氏(日本財団パラリンピックサポートセンター)は、マンデラ元南アフリカ大統領の言葉を引用しつつ、スポーツには世界を変える力、「それまで絶望しかなかったところにさえ、希望の火をともす力」がある、と訴えました。そして、突然の交通事故で車椅子の生活を余儀なくされることとなったご自身の体験を紹介され、パラリンピックスポーツは、「できないことではなく、できることに目を向けることの大切さ」「物の見方を変えられれば、人生はもっと豊かになる」ことなどを教えてくれた、と語りました。

しかし現実には、障がいのある子ども達は、物理的な制約だけでなく「できるはずがない」「危なすぎる」などのおとなたちの思い込みや間違った考え方によって、スポーツをする権利を奪われていることも少なくなく、日本でも例外ではないと指摘。「すべての子どもたちが、スポーツから負の影響を受けることなく、スポーツを通して成長する。そんな経験ができた彼らが私たちの未来の担い手になった時、本当に豊かな社会が醸成できると信じています。スポーツの力で、社会をそして世界を、より良いものに変えていきましょう」と挨拶を締めくくりました。

マセソン美季氏© 日本ユニセフ協会/2018

続いて、それぞれ子どもたちの指導にも携わるお二人の選手からのビデオメッセージが紹介されました。プロ野球の筒香 嘉智選手は、「(少年野球界における)勝利至上主義の蔓延を考え直す時期に差しかかっているのではないか」「大切なことは、目の前の結果やおとな側の自己満足ではなく、子どもたちの未来が主体であること」と訴え、「皆さまとこの思いを共有し、子どもたちの未来のために自分自身ができることを寄与できれば」と呼びかけました。

プロサッカー界で活躍する長谷部 誠選手は、「子どもたちには、サッカーを通して様々なものを伝えたいと思っています」「サッカー人として以前に、人としてより大事なものは何か(を伝え)、子どもたちの成長につなげていきたい」と語り、「一人でも多くの子どもたちが楽しんでスポーツをできる環境を与えてあげられるように、これからも、共に頑張りましょう」と呼びかけました。

筒香嘉智選手のビデオメッセージ© 日本ユニセフ協会/2018
長谷部誠選手のビデオメッセージ© 日本ユニセフ協会/2018

パネルディスカッションの様子© 日本ユニセフ協会/2018

<第2部「シンポジウム~子どもが活きるスポーツのあり方」>

価値観レベルでコミットできる、世界に誇れる原則を目指して

後半のパネルディスカッションでは、はじめに、この原則の“生みの親”のお一人である、コーディネーターの山崎 卓也弁護士(Field-R法律事務所)が、最近でこそ体罰がいけないと言われるようになったが、まだまだ厳しい指導は当たり前と思う関係者も多いとして、2020年東京オリンピックを前に、子どもの権利に基づいたスポーツのあり方について“価値観レベルで”コミットできるもの、日本から発信し世界に誇れるものを作りたいとの思いで原則を作ったと経緯を説明。そして、“子どもらしく生きるとは何か”、を考えるとき、今の子どもの勝利だけではなく、その子どもの将来を考えることが重要であると述べました。

“超勝利至上主義”、パワハラ問題からの「改革」

パネリストからはまず、原則にも合致する、2つの事例が紹介されました。堺ビッグボーイズ(日本少年野球連盟所属)代表/プロスペクト株式会社代表の瀬野 竜之介氏は、以前は「“超勝利至上主義”で指導していた」とのことですが、中学時代に強かった選手で長く活躍している選手が少ないことに気づいたこと、また、世界大会を経験して外から日本の野球を見るようになったことをきっかけに、9年前に“改革”を実行したことを紹介。

子どもの主体性を重視し、指導者の総入れ替え、練習時間の大幅な短縮、指導者からの怒声・罵声の禁止、投球制限等を導入したところ、子どもがおとなの顔色を見ることなく“楽しそうに”なり、精神的な成長も見られるようになったと述べました。

全日本柔道連盟 常務理事(埼玉大学名誉教授)野瀬 清喜氏は、2012年ロンドンオリンピック後、女子ナショナルチームにおける暴力・パワハラ問題を発端に様々な問題が明らかになった後の経緯を紹介。

「時間が経てばおさまる」と考え初期対応を誤ったために問題がますます大きくなり、結局指導部全員の退陣に至ったこと、新しくなった組織ではコンプライアンス、指導者養成、重大事故対策等の委員会を設置、様々な啓発活動を行い、重大事故についてはホームページ上ですべて公開する等により、内閣府に“スポーツ界の模範”と言われるまでになったこと等を説明しました。

今年も多くのスポーツに関するスキャンダルが報道される中、「その後どうなったか」は報道されることが少ない、その意味で全柔連のケースはベストプラクティス、と山崎弁護士は言います。

堺ビッグボーイズ代表 瀬野竜之介氏 © 日本ユニセフ協会/2018

イギリスのチャイルド・プロテクション制度

スポーツにおける子どもの権利について長年研究し、「原則」の策定過程で助言もいただいた、鹿屋体育大学国際開発学共同専攻大学院教授 森克己氏は、イギリスのチャイルド・プロテクション(CP)制度について、親等からの虐待防止の制度が先に整備されていた中、水泳ナショナルチームにおける性的虐待事件を機に、国を挙げてスポーツ分野の制度整備が進められたと紹介。政府から資金を交付されているあらゆるスポーツ団体を対象とすること、指導者の資格制度とリンクしていて、コーチングの公的資格取得時の研修や3年毎の子どもと関わることに不適切な犯罪歴の有無をチェックする制度が整えられ、日本のように、問題をおこした指導者が他のスポーツクラブ等に移って指導することができないようになっていること、指導者・保護者の行為規程も定めていること等を説明しました。また、文化やスポーツ環境が異なる日本への同様の制度の導入については、日本にあった制度の検討が必要である、としました。

森氏は、今回の「原則」の意義について、スポーツにおいて子どもと関わるあらゆるおとなが触れられていること、IOCの「アスリート保護のガイドライン(2017年11月)」等の国際的標準の延長線上にあることを挙げ、実効性のある規範となるためにはIOCと如何に連携を図っていくことができるかにかかっている、と述べました。

鹿屋体育大学教授 森克己氏© 日本ユニセフ協会/2018

スポンサーの役割

世界的にスポーツイベント・団体に対する人権尊重の要請が高まる中、スポンサーの役割が重要になっています。株式会社アシックス 取締役 スポーツマーケティング統括部長 松下直樹氏は、選手と契約する場合、社会的に罰せられるような問題をおこした場合は契約を解除するという内容を契約に入れていることを紹介しました。ただし、現状は発生主義であり予防については入れていないとして、原則も踏まえ、今後もスポンサーとして取り組んでいきたいと述べました。

また、創業哲学“健全な身体に健全な精神があれかし”を紹介し、スポーツを通して世界中の人々の心身の健康に貢献していきたいと述べ、昨年からはブランドメッセージ“I MOVE ME”を掲げ、シリア難民の子どもたちや、東北の被災地の子どもたちへのスポーツ機会の提供にも取り組んでいることを紹介しました。特に子どもたちにはスポーツが楽しいものであることを伝えたいとして、I MOVE MEは、スポーツをするか決めるのは本人であって外部からのプレッシャーがあってはならないという意味もある、と説明。また、スポーツの発展に学校が果たしてきた役割は大きいが、最近では子どもがあまりスポーツをしなくなっている、また、学校でスポーツを嫌いになってしまう子どももいるので、個人の能力測定等の面でサポートしつつ、先生方と協力してスポーツ人口を増やしていきたい、と述べました。

株式会社アシックス取締役 松下直樹氏© 日本ユニセフ協会/2018

保護者の役割

子どもに過大な期待をかけがちな保護者に対してのメッセージについて、原則策定過程でずいぶん検討した、と山崎氏は明かします。瀬野氏も、保護者は多大な影響力をもっていて、特に野球では高校野球の存在が大きく、ともすると保護者が“熱く”なりすぎると指摘。自身のチームでは、定期的に保護者とも対話する機会を設けていることを紹介しました。

森氏は、イギリスでは、最大の理解者、支援者であるべき親が、子どもに不利な判定をした審判に暴言や暴力をふるうことで、草の根レベルのサッカーの試合を判定する審判が次々にやめて問題となったと紹介。程度の差はあるが、日本でも同様のことが起こっていると指摘し、親の関わり方の重要性を強調しました。また、子どもの権利条約が、子どもを権利の主体とする一方で、成長、発達の過程にある保護すべき対象ともとらえていることをふまえ、子どものおとなと違う面を、スポーツ環境の中でどうとらえていくかも大事である、と提言しました。

ルール作りと情報共有

自身のチームで改革に取り組む瀬野氏は、「ルール作り」の必要も訴えました。プロ野球では年間140試合のうち80勝くらい勝てば優勝できるのに対して、少年野球も高校野球もトーナメント制であり1回も負けられない、そのことが「勝たせてあげたい」という思い、さらには同じ選手の酷使等につながっていて、指導者には、無理させている、子どものためになっていない、という意識が低いと指摘します。そして、その状況を変えるためには、様々な関係者が声を上げて、例えば投球制限等に関する「ルール作り」を進めることが必要であると強調しました。

野瀬氏は、全柔連として、柔道で起きやすい急性硬膜下血腫や頸部損傷等についてガイドラインを提供しているほか、スポーツ庁の「運動部活動のあり方に関する総合的なガイドライン」を受け、教員向けの手引きを作成したことを紹介。ただ、忙しい指導者は通達、指導書、科学的な文書等を読む暇がなく、“自分が習った指導”や“人から教えてもらった情報”を参考に指導していることが問題であると指摘しました。山崎氏は、“習った指導”の連鎖を止めるためには、「原則」を通じて、よい取り組みについてスポーツ横断的に情報共有することも重要であると言います。

全日本柔道連盟常務理事 野瀬清喜氏© 日本ユニセフ協会/2018

意識改革とリスペクト

野瀬氏は、パワハラは武士道で“最大の恥”とされている“弱いものいじめ”であるとして、そういった価値観を、指導者、親、競技関係者が共有することが大事と述べます。山崎氏は、今後ユーススポーツの商業化が進むことが予想され、それに伴いプレッシャーが増加し、体罰の温床ともなり得る中で、失敗を許すこと、いろいろなやり方に寛容であることが重要になってくると指摘。そして、「子どもが楽しくスポーツしている方がいいよね」という思いを、一人でも多くの人に広めていきたい、勝つことも負けることもあるスポーツの中で、それでもスポーツをやっていてよかったと思えるような、人生を豊かにする体験を子どもたちにしてもらいたい、と述べました。

筒香選手に同行してドミニカ共和国を訪れた瀬野氏は、日本では常に勝たないといけないのに対し、大リーグ30チームのアカデミーがある同国では、“メジャーリーガーになるために今何をすべきか”の発想で、勝利はあまり重視されていないこと、また、指導者が選手(子ども)をリスペクトする、指導者と選手の距離感に筒香選手が驚いていた、と紹介。

野瀬氏は、イギリスの指導書に、「合宿から帰ってきた場合、女子選手を家まで送ってはいけない」、「万が一送らなければならない場合は後部座席にのせる」等と書かれていることを紹介し、子どもたちの体、命、心を守ることは、指導者を守ることでもある、と強調しました。山崎氏は、そのような“リスペクト”は、指導者にある程度余裕がないと実現できない、子どもだけでなく関係するみんなのプロテクションや負担軽減を図り、みんながリスペクトされ素直にスポーツが楽しめる環境にできればよいと述べます。最後に、人と人をつなぐスポーツの価値に則って、みなさんとタッグを組んで原則の実現に取り組んでいきたい、とシンポジウムを締めくくりました。